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名古屋高等裁判所 昭和29年(う)322号 判決 1954年7月12日

控訴人 被告人 川合博則

弁護人 黒河衛 外一名

検察官 神野嘉直

主文

原判決中判示第二の罪に関する部分を破棄する。

被告人を原判示第二の罪に付懲役壱年六月に処する。

押収物件中約束手形五通(証第十五、十九、二十、二十一、二十九号)委任状九通(証第十六、十八、三十二号、三十三号の三、三十四号の三、三十五号の三、三十六号の三、三十七号の二、三十八号の二)売買予約証書(証第十七号)連帯金員借用証書四通(証第二十二号二十三、二十四、三十一号)根抵当権設定契約証書一通(証第三十号)印鑑及同証明書四通(証第三十四号の四、三十五号の四、三十六号の四、同号の五)の各偽造部分及印顆二個(証第二十五、二十六号)は孰れも之を没収する。

当審に於ける訴訟費用(国選弁護人浦野光義に支給した分)は被告人の負担とする。

原判示第一の罪に付ての本件控訴は之を棄却する。

理由

弁護人黒河衛の控訴の趣意は同弁護人作成名義の控訴趣意書と題する書面に記載の通りであるから茲に之を引用するが之に対する当裁判所の判断は左の通りである。

控訴の趣意第一点(一)について

論旨は原判決は判示第二の(十五)に於て事実の誤認及理由のくいちがいがあると謂うにある

記録に徴するに原判決は被告人の罪となるべき事実中判示第二の(十五)(控訴趣意書に事実第一(十五)云々と記載しあるは第二(十五)の誤記と認める)に於て被告人は昭和二十八年三月十八日当時の被告人居宅に於て丸八商事株式会社から金三万六千円を借入れる為同会社に差入れる連帯金員借用証書一通(証第二十三号)及右債務に関する公正証書作成嘱託に関する一切の権限を委任する旨の委任状(証第三十五号の三)を作成するに当り該文書に於ける森劔治と刻した偽造印(証第二十六号)を押捺し以て右偽造印を不正に使用したとの事実を認定し之に対し刑法第百六十七条第二項を適用したことは所論の通りである而して又同条項に所謂偽造印章使用罪が成立するには偽造した印顆を或物体の上に押捺し之に表顕させた影跡を真正な印影のように装つて現実に他人が認識し得べき状態におくことを要するものと解すべきことも所論の通りである

今本件につき之を観るに原判決が判示第二の(十五)に於て偽造印章使用罪を認定する為挙示した関係の各証拠を綜合すれば被告人が判示日時場所に於て金銭借入の為判示連帯金員借用証書及委任状各一通に判示偽造印を押捺し該文書二通を丸八商事株式会社支配人坂口清に交付した事実を認めることが出来るので原判決は判示事実中に前記の如く被告人は丸八商事株式会社から金三万六千円を借入れの為同会社に差入れる連帯借用証書及委任状各一通に判示偽造印を押捺し以て右偽造印を不正に使用した旨を記載したのであつて右記載事実を通覧すれば判示偽造印は連帯借用証書及委任状各一通に押捺せられたのみに止らず該文書二通は金銭借入の為丸八商事株式会社に差入られて他人の認識し得べき状態におかれた事実をも表現しているものと輙く諒解し得るのみならず原判決の擬律説明に徴しても亦このことは明白である固より原判決が罪となるべき事実の判示として前示文書二通を判示会社支配人に交付したことを記載せず偽造印使用事実の表現が適切でない憾みはあるけれどもそのことは判決に影響を及ぼす様な事実誤認又は法令違背があつたと謂うことはできないから論旨は理由がない

同第一点(二)について。

原判決は被告人の罪となるべき事実中判示第二の(十三)に於て被告人は予て入手所持していた愛知県西加茂郡猿投村長大岩安五郎の署名押印並森劔治と署名しある印鑑証明書用紙の印鑑欄に森劔治と刻しある偽造印を押捺して右大岩安五郎が森劔治の印鑑なることを証明した旨の猿投村長大岩安五郎名義の印鑑証明書一通(証第三十四号の四)の偽造を遂げた後松本武雄に対し右偽造に係る文書を交付行使して金員を騙取した事実を認定したのであるが之に対し偽造印章行使罪の適用条文を示していないことは所論の通りである偽造した印顆を印鑑証明書用紙に之を押捺して使用し印鑑なる私文書を作成する行為は刑法第百五十九条第一項に該当するのであつてこの場合偽造した他人の印顆を使用する行為は印鑑なる私文書を作成する所為に包含せられ同法第百五十九条の外別に同法第百六十七条第二項の罪名に触れるものではないと謂わなければならない而して今本件に付いて之を看るに原判決は前記の如くその認定する事実を猿投村長の署名押印並に森劔治の署名ある印鑑証明書用紙の印鑑欄に偽造印を押捺して印鑑証明書一通を偽造しと判示し、印鑑偽造と印鑑証明書の偽造を共に認定したことは明らかでその擬律の部に於て印鑑偽造に関する刑法第百五十九条第一項と印鑑証明書偽造に関する同法第百五十五条第一項を適用し偽造した森劔治の印章を使用した所為に対しては同法第百六十七条第二項を適用しなかつた原判決には所論の如き理由のくいちがいがなく論旨は理由がない

同第二点について

記録に徴するに本件追起訴状記載の第三の(五)の公訴事実には被告人は昭和二十八年二月中旬頃岡崎市康生町二十番地小野印房事小野英一方に於て行使の目的を以て石野由雄に対し愛知県西加茂郡猿投村大字越戸字大戸五十五番地の二森劔治の印章に模した森劔治と刻する印鑑の作成を依頼し其の頃情を知らない右石野をして一見森劔治と誤認させるに足る印顆を作成せしめ以て森劔治の印章を偽造したとしたのに対し原判決は右印章偽造の所為に対し独立した犯罪の成立を認めず公訴棄却の裁判をなさなかつたことは所論の通りである刑事訴訟法第三百三十九条第一項第二号(控訴趣意書に第三百三十九条第一項第一号と記載しあるは第三百三十九条第一項第二号の誤記と認める)に依り決定を以て公訴棄却をなすべき場合に於ける起訴状に記載されている事実が真実であつても何等罪となるべき事実を包含していない場合とは起訴状に記載されている事実が一見何等法律上犯罪を構成しておらず訴因の変更によつて公訴を維持する余地すらない場合を謂うのであつて斯る場合には公訴棄却の裁判を為すべきものであると謂わねばならない然し乍ら偽造の所為が文書偽造罪の成立によつて同罪に吸収せられる場合には別罪を構成しないのであるから印章偽造なる字句があつたからと云つて別罪を構成しない印章偽造に対し公訴棄却の裁判を為すべきものに非ずと解するを相当とする今本件に付いて之を看るに原判決は被告人が判示第二の(十三)の日時森劔治と刻する印鑑(証第二十六号)を偽造し之を使用して判示連帯金員借用証書(証第二十二号)判示委任状(証第三十四号の三)及判示印鑑(証第三十四号の四)を作成して偽造しと判示し擬律の部に於て右私文書の偽造に関する刑法第百五十九条第一項を各適用し森劔治の印章を偽造した所為に対しては同法第百六十七条第一項を適用していないので後者については前者に吸収せられ独立した一罪を認定していないこと明白であつて斯る場合公訴棄却の決定を為さなかつた原判決は所論の如き法令の適用を誤つた違法ありと謂うことが出来ないから論旨は採用するを得ない

同第三点について。

原判決挙示の各証拠其の他原審に於て取調べた証拠を検討すると原判示第一の罪となるべき事実に付いては各犯行の動機、態様、回数、不正領得の金額其の他諸般の事情を考量すると一部弁償の事情を斟酌しても原判決の量刑が不当に重きに過ぎて之を減軽しなければならないような事由が認められないが原判示第二の罪となるべき事実については各犯行の動機、態様、回数、不正領得又は騙取金額等からすれば原審が被告人に対し懲役二年に処したのは一応首肯することが出来るが飜て被告人が所有財産を処分して被害者に対し被害の一部を弁償した点、家庭の状況其の他諸般の事情に照し右科刑は些か重きに過ぎるものと認められるから論旨は理由がある

仍て原判示第二の罪となるべき事実については前叙の如く控訴趣意第三点に対する判断に於て示した通りの理由により刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十一条を適用し原判決中判示第二の罪に関する部分を破棄するが本件は原裁判所が取調べた証拠により当裁判所に於て直に判決するに適するものと認めるから同法第四百条但書に則り当裁判所に於て判決することとし原判示第一の罪となるべき事実については破棄しなければならないような事由がないから同法第三百九十六条に則り本件控訴を棄却すべきものとする

原判示第一の事実につき罪となるべき事実は

原判示第二の(十五)を昭和二十八年三月十八日当時に於ける被告人居宅岡崎市康生町六百四十五番地山田初五郎方に於て予て被告人が同市伊賀町二丁目九十五番地丸八商事株式会社から金員借入の場合には保証人となることに付森劔治の承諾を得ていたので行使の目的を以て擅に連帯金員借用証書用紙の連帯保証人欄に前記森劔治の署名を冒署しその名下に前記偽造印顆を押捺して森劔治が被告人等の連帯保証人として右丸八商事株式会社から金三万六千円を昭和二十八年三月十九日から同年七月十八日迄の間に日賦弁済をする旨の記載ある連帯金員借用証書一通(証第二十三号)該債務弁済に関する公正証書作成方嘱託に関する一切の権限を伊予田三二に委任する旨の委任状に委任者として森劔治の氏名を冒署しその名下に前記偽造印顆を押捺して委任状一通(証第三十五号の三)更に同年三月十八日行使の目的を以て擅に予て入手していた愛知県西加茂郡猿投村長大岩安五郎の署名押印並森劔治と署名しある印鑑証明書用紙の印鑑欄に前記偽造に係る森劔治の印顆を押捺して森劔治の印鑑であることを証明すべき猿投村長大岩安五郎名義の印鑑証明書一通(証第三十五号の四)を偽造した上、同日前記丸八商事株式会社において同社支配人坂口清に対し前示連帯金員借用証委任状と共に真正のものなりとして交付行使しと訂正し

原判決判示第二の進行番号(十七)を(十六)に同(十八)を(十七)に各訂正する外は原判決判示第二の摘示するところと同一であるから茲に之を引用する

以上の認定に供した証拠は右訂正した判示第二の(十五)の証拠は原判決判示第二の(十五)(十六)の証拠として挙示するところと同一であり訂正した判示第二の(十六)の分の証拠は原判決判示第二の(十七)の証拠として挙示するところと同一であり訂正した判示第二の(十七)の分の証拠は原判決判示第二の(十八)の証拠として挙示するところと同一であるとする外は原判決に挙示した各関係証拠と同一であるから茲に之を引用する

法律に照すと被告人の判示第二の所為中(一)乃至(七)の業務上横領の点は各刑法第二百五十三条に(八)の横領の点は同法第二百五十二条第一項に(九)(十)乃至(十七)の私文書偽造の点は各同法第百五十九条第一項に同行使の点は各同法第百六十一条第一項第百五十九条第一項に(九)乃至(十二)(十四)の有価証券偽造の点は各同法第百六十二条第一項に同行使の点は各同法第百六十三条第一項に(十三)(十五)(十六)の公文書偽造の点は各同法第百五十五条第一項に同行使の点は各同法第百五十八条第一項第百五十五条第一項に(九)乃至(十四)(十六)(十七)の詐欺の点は各同法第二百四十六条第一項に(十)(十三)(十四)(十六)の公正証書原本不実記載の点は各同法第百五十七条第一項罰金等臨時措置法第二条第三条に(十五)の偽造印章使用の点は同法第百六十七条第二項第一項に該当する処公正証書原本不実記載の罪に付ては所定刑中懲役刑を選択し(九)の偽造私文書及偽造有価証券の行使(十三)(十五)(十六)の偽造私文書及偽造公文書の行使(十七)の偽造私文書の行使は夫々一個の行為にして数個の罪名に触れるから同法第五十四条第一項前段第十条に則り且(十)(十三)(十四)(十六)中の私文書(委任状)偽造と同行使と公正証書原本不実記載公文書私文書(前記(十)(十三)(十四)(十六)中の委任状を除く)及有価証券の各偽造同行使及詐欺は夫々手段結果の関係があるから同法第五十四条第一項後段第十条に則り結局(九)乃至(十二)(十四)は各最も重い偽造有価証券行使罪の刑に(十三)(十五)(十六)は最も重い各偽造公文書行使罪の刑に、(十七)は最も重い詐欺罪の刑に従い処断すべき処以上は同法第四十五条前段所定の併合罪であるから同法第四十七条第十条に則り最も重い(十六)の森劔治の印鑑証明書に関する偽造公文書の罪の刑に併合罪の加重をなした刑期範囲内に於て被告人を主文第二項掲記の如く量刑処断し押収物件中約束手形一通(証第十五号)は判示第二の(九)約束手形一通(証第十九号)の偽造部分は同(十)約束手形一通(証第二十号)の偽造部分は同(十一)約束手形一通(証第二十一号)の偽造部分は同(十二)約束手形一通(証第二十九号)の偽造部分は同(十四)の各有価証券偽造行為から生じたもの委任状二通(証第十六、十八号)売買予約証書(証第十七号)は判示第二の(九)委任状(証第三十三号の三)の偽造部分は同(十)連帯金員借用証書(証第二十二号)委任状(証第三十四号の三)の偽造部分は同(十三)根抵当権設定契約証書(証第三十号)委任状(証第三十八号の二、第三十七号の二)は同(十四)連帯金員借用証(証第二十四号)委任状(証第三十六号の三)の各偽造部分は同(十六)金員借用証書(証第三十一号)委任状(証第三十二号)の偽造部分は同(十七)の各私文書偽造行為から生じたもの連帯金員借用証(証第二十三号)委任状(証第三十五号の三)中偽造印を使用した部分は同(十五)の偽印の使用行為より生じたもの印鑑証明書(証第三十四号の四)の偽造部分は同(十三)印鑑証明書(証第三十五号の四)の偽造部分は同(十五)印鑑証明書(証第三十六号の四、五)の各偽造部分は同(十六)の各公文書偽造行為から生じたもの沢田名義の印鑑(証第二十五号)は同(十二)森名義の印鑑(証第二十六号)は同(十三)の各私文書偽造の用に供したものであつて右各印鑑は被告人以外の者の所有に属さないし爾余のものは孰れも何人の所有をも許さないものであるから同法第十九条第一項第二号第三号第二項に則り之を没収し当審に於ける訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に則り被告人の負担とする

本件公訴事実中被告人は昭和二十八年二月中旬頃岡崎市康生町二十番地小野印房事小野英一方に於て行使の目的を以て石野由雄に対し愛知県西加茂郡猿投村大字越戸字大戸五十五番地の二森劔治の印章に模した森劔治と刻する印顆の作成を依頼しその頃情を知らざる右石野をして一見森劔治の印章なりと誤認させるに足る印顆を作成させ以て森劔治の印章を偽造したとの点に付ては判示第二の(十三)に於て認定の如く被告人は右偽造した印章を使用して森劔治名義の連帯金員借用証書(証第二十三号)及委任状(証第三十四号の三)を偽造しているので右偽造印章使用の所為は右私文書偽造の各所為に吸収せられて単に私文書偽造罪の一罪のみ構成するに止り別に偽造印章使用罪は構成しないものと謂わなければならないから特に主文に於て無罪又は公訴棄却の言渡をなさない

仍て主文の通り判決する

(裁判長裁判官 羽田秀雄 裁判官 小林登一 裁判官 石田恵一)

弁護人黒河衛の控訴趣意

第一原判決には左記の通り事実の誤認及理由くいちがいがある。

(一)原判決は事実第一(十五)に於いて被告人が昭和二十八年三月十八日当時の被告人居宅に於いて連帯金員借用証書(証第二十三号)及委任状(証第三十五号の三)を作成するに当り右文書の森劔治の署名下に同人名義の偽造印(証第二十六号)を押捺し以つて右偽造印を不正に使用したことを認め之に対して刑法第一六七条第二項を適用しているのであるが右犯罪成立のためには右偽造印影のある書面の各用法に従つて他人に対して使用することを要するのであつて判示の所為は偽造印章使用罪の予備の行為に過ぎないのであつて原判決には此点に於いて事実誤認及理由のくいちがいがある。

(二)原判決は第二(十三)に於いて被告人が証第三十四号の四印鑑証明書用紙に森劔治の偽造印章を押捺し之を行使した事実を摘示しているのであるが之に対する偽造印章行使罪の適用条文を示していない原判決は此の点に於いて理由にくいちがいがある。

第二原判決は判決に影響を及ぼすこと明なる法律の適用を誤つた点がある。

原判決は起訴状第三(五)に於いて起訴された印章偽造罪の事実については之を独立の犯罪としての認定をしていないのであつて此の様な場合には刑事訴訟法第三百三十九条第一項第一号により公訴を棄却すべきであるにも拘らず右法条の適用をしていない。

第三原判決の刑は重きに過ぎて不当である。

被告人には前科はあるけれども財産全部を処分して一部の弁償にあてて居るのであり又前科二度を重ねているのであるが右は二個の事件が同時に検察庁で取調を受けたけれども一の事件を起訴し他の事件は不起訴となる予定の処後に此の予定が変更されて他庁に移送された上起訴を受けたことによるのであつて原判決の刑は重きに過ぎる。

以上の理由により原判決は破棄を免れないと考える。

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